武田和大です。木管吹きです。

2009年頃の古文書です
ぼちぼち現状に即して書き直そうかと(2019/07)



「楽譜を読める」ってどういうこと?
_いつまでも書きかけ項目

音楽教室を初めて訪れた人はほぼ全員、異口同音に言います。
「わたし、楽譜読めないんですけど、大丈夫でしょうか?」

大丈夫です。正直に言うならば大丈夫だったり、なかったりします。
音楽の演奏を楽しむにあたって、読めるか読めないかは関係ないんです。
読めるか否かは、大丈夫かどうかを決定する要素ではありません。

もちろんヨミカキができれば便利です。
文字の読み書きと全く一緒です。
思いついたことを書き留めなければ忘れてしまいます。
人から来た手紙も読めたほうがよいでしょう。

でも、ヨミカキできずとも会話ができれば事足りることもあります。
人から聞いた言葉、自分が喋ったことを全て(あるいは必要なだけ)覚えていられれば、文字は必要ないでしょう。
音楽も一緒です。会話のためには楽譜は不要です。

ところが、直接には会えないし電話もできない相手に、アイディアを伝えたり受け取ったりしようとしたら、どうでしょうか?
文字は無敵な道具でしょう。
もちろん、文字で伝えられないことを伝えるために、絵画や音楽や映画などがあるわけですが。

子供の頃は誰でも、ほとんどの伝達は会話で完結できます。
文字の無い世界で育ったとしたら、会話だけで生活できるように成長するでしょうし、世の中もそうなるでしょう。
でも実際には文字があるからこその世の中です。

子供には沢山の時間があります。
なにかを身につけようとしたら、ゆっくりと時間をかければいいのです。
文字がなくても沢山の概念を、己のものとして身につけられます。
吸収力も大変なものですし。
ところが、大人になってから未体験の概念を己のものにしようとすると、効率が大切となります。
言わずもがなですが、時間も吸収力も子供よりずっと少ないからです。

大人の学習法とは、概念を文字から知識として理解し、その理解に基づき信念と共に体験を重ね身につけることです。
つまり文字こそが知識の入口としてとても大切なわけです。
音楽で言えば楽譜ですね。

というわけで貴方が大人ならば是非、楽譜のヨミカキはできるようになったほうがよいってことです。

ですが、音楽は言葉とは違った受け取りの感覚が少なからず必要です。
その感覚を開くために、大人の貴方も子供のような気持ちになって音楽に対する心がけは必要です。
それを習慣づけると、世の中の音楽はより具体的に意味を持って受け止められるようになります。
その準備があってこそ、楽譜も豊かな音楽を記録&表現するための道具として使えるようになります。

実はそれが出来るようになると、言葉ではなく文学_ブンガクが音楽や絵画のように楽しめるようになる、
という楽しい副作用も起こってきます。

そんな気持ちの状態を持てずに楽譜に向かうと、それは単に音の高さと長さの羅列でしかなくなります。
楽しいわけはありませんよね。
オンガクは音楽であって、音学ではありませんから。
楽譜の機能は、時間と場所を越えた「音楽」の記録と再現の道具です。
ぜひとも楽しめる音楽の道具として楽譜のヨミカキを身につけたいものですね。

念のために。
現代では楽譜を使わずとも、音楽の時と場所を越えた伝達は可能です。
録音して、あるいはmidiデータとして人に渡せばよいのですから。
ですが、より詳細を明確に伝えるには未だに楽譜が必要な場面は多いわけです。
それに「音」という資料から正確に自分の演奏として再現するには訓練が必要です。
その訓練を経てない者が他人の音楽の再現をするには、実は楽譜が一番簡単な道具なんです。
子供にはそれを乗り越える時間と吸収力がありますけど。

さて、話を最初に戻します。
「わたし、楽譜読めないんです」
当たり前のことです。
小さな子供は文字の読み書きをできません。
少しずつ身につけるものですね。
楽譜も一緒です。
身につけるための過程を経て初めて読めるようになるんです。

あ、いちおう厳密な言葉の一致をしておきますね。
ここまでいいかげんに使ってきましたが。
・書かれた文章=楽譜あるいは譜面
・文字=音符
・会話=耳に聞こえる音楽
・言葉=おおざっぱに言うところの音楽
、、、となりましょうか。

あ、また脱線しましたが、ようやく本題に入りましょう。
具体的に「楽譜を読める」とはどういうことなんでしょうか?

__以下、とりあえず西洋音楽の五線譜について話しますね。
  世界は広いので、それ以外の楽譜もありますが、別の機会に譲ります。

先ず、楽譜にはなにが記されているのでしょうか。
簡単なことです。
その音楽(曲あるいは演奏)で使うべき、音の高さと長さが記されています。
オマケとして、音の大きさが記されることもあります。
それらが、「基本的にどんな風に時間が流れていくのか」という土台となる約束事の上に記されます。
さらにオマケとして、どの楽器を使うのか、どういう奏法を使うのか、どんな表情や心持ちで演奏するのかも記されます。
ついでに、同じことを繰り返して書くのは面倒くさいので、繰り返しがあれば、どのように繰り返されるのかってことも書かれます。
幾つかの部品から構成される楽曲の場合は「ここからがAという部品、ここからがBという部品」ということも書かれます。
大雑把に言ってしまえば、たったこれだけのことなんです。

♪♪♪♪♪以下、まだまだ続きます♪♪♪♪♪

メモ;根本的に「読める」ことと、器楽的に「作業に移し替える」こととの違い。


  ※投げ銭よろしく〜 賽銭箱

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